婚活アプリで「独身」とウソ…交際男性に賠償命令 貞操権侵害判決から見えるリスクと対策

2025年12月1日、大阪地方裁判所の判決が報じられ、「交際男性」「貞操権を侵害」「婚活アプリ」といったワードがX(旧Twitter)やYahoo!リアルタイム検索で一気に拡散した。
独身限定の婚活アプリで出会った交際男性が、実は妻子ある既婚者だった──という事案である。
ネットでは「嘘つき男への罰として当然」「55万円は安すぎる」「SNSで晒した側も賠償命令か、怖い」と賛否入り混じった反応が飛び交っている。
しかしこのニュースは、単なる炎上ネタではなく、「婚活アプリ時代に自分の身をどう守るか」「どこからが違法になるのか」を考える材料でもある。
ここでは、今回の判決の概要と「貞操権」という聞き慣れない概念を整理しつつ、婚活アプリ利用者が知っておきたい法律上のポイントと、トラブルに巻き込まれないための実践的な対策をまとめる。

大阪地裁の判決概要:交際男性に55万円、女性にも34万円の支払い命令

まずは、報道や訴訟資料の要旨から、今回の事案の流れを整理する。

どんな出会いだったのか

報道によれば、事案の大枠は次のようなものだ。

  • 大阪府内に住む30代の女性が、2019年3月ごろに「独身限定」をうたう大手婚活マッチングアプリに登録した。
  • まもなく年下の男性から「いいね」が届き、アプリ上やLINE、電話でやり取りを開始。
  • 2019年5月に初めて会って食事をし、その日のうちに女性の自宅で性的な関係を持つようになった。
  • 新型コロナ禍や男性側の音楽活動の多忙さもあり、会う頻度は多くなかったが、関係自体はしばらく継続した。
  • しかし2020年11月を最後に次第に疎遠となり、自然消滅のような形で交際は終了した。

女性は、男性のことを「独身で、将来を見据えた交際相手」と信じていたとされる。
ところが交際解消後、男性に妻子がいることを知り、「既婚者である事実を隠されて性的関係を持たされた」として提訴した。

女性の主張と裁判所の判断

女性は、
- 既婚であることを隠して婚活アプリに登録し、あたかも独身で結婚を考えているように装っていた
- 自分は「独身限定の婚活アプリだから安心」と信じて交際・性行為に応じていた
- もし既婚だと知っていれば、そもそも交際も性的関係も持たなかった
として、「性的関係を持つ相手を自分で選ぶ権利」を侵害されたと主張し、慰謝料など計334万円の損害賠償を求めた。
大阪地裁は、男性が既婚であることを隠してアプリを利用し、独身と信じさせたまま交際・性行為に及んだ点を問題視したと報じられている。
判決は、おおまかに次のような評価をしている。

  • 「独身限定」の婚活アプリであることから、女性が「相手は独身だろう」と信じるのは自然である。
  • 男性は既婚であるにもかかわらず、その事実を明かさず交際を続けた。
  • その結果、女性は交際や性行為について冷静に判断する機会を失わされた。
  • これは、性的関係を持つかどうかを自ら決める権利(いわゆる貞操権)を侵害する不法行為に当たる。

そのうえで、裁判所は女性の請求額334万円の一部を認め、交際男性に対して55万円の支払いを命じたとされる。
交際期間や妊娠の有無、関係の実態などが総合的に考慮されたとみられる。

女性も有名配信者経由の「晒し」で34万円の賠償命令

今回の判決で注目を集めたもう一つのポイントは、「女性側も賠償を命じられた」という点である。
報道によると、女性はトラブルの経緯をSNSの有名配信者を通じて公表していた。
男性側は、これによって自分の社会的評価が下がり、名誉が傷つけられたなどとして、女性に対して約450万円の慰謝料を求めて反訴した。
大阪地裁は、この男性の反訴についても一部を認め、女性に対し34万円の支払いを命じたとされる。
つまりこの裁判では、
- 既婚であることを隠して婚活アプリを利用し、交際・性行為を続けた男性は、貞操権侵害として55万円の賠償義務を負った。
- 一方で、トラブルの内容を配信者を通じて公表した女性も、名誉毀損等として34万円の賠償義務を負った。
という「ダブルの責任」が認定された構図になっている。

貞操権」とは何か:古い言葉に見えて、今も生きている権利

ネット上では、「貞操権なんて昭和の言葉だと思っていた」「そんな権利があるのを初めて知った」という反応が少なくなかった。
そもそも「貞操権」とは何なのか、簡潔に整理しておきたい。

誰と性的関係を持つかを自分で決める権利

法律実務では、「貞操権」は次のような趣旨の権利とされている。

  • 誰と性的な関係を持つかを、自分の意思で決める権利
  • 自分の性的な自由や身体の不可侵性に関わる人格的な利益

民法の条文に「貞操権」という言葉が直接書いてあるわけではないが、
不法行為民法709条)や精神的損害に対する慰謝料(民法710条)などを根拠として、裁判所が判決の中で認めてきたものである。
最高裁判所も1969年の判決で、男性の虚偽の言動によって女性の性的な自己決定が侵害された場合に、慰謝料請求を認め得るとの趣旨を示しており、これが「貞操権侵害」を認めた代表的な判例として紹介されている。

男女問わず認められるが、現実には女性が原告になることが多い

貞操権は、本来は男女を問わず認められる権利である。
しかし実務上は、
- 既婚者であることを隠して交際し、独身だと信じた相手が性的関係に応じたケース
- 結婚する意思がないのに、「結婚するつもりだ」「もうすぐ離婚する」などと騙して交際や肉体関係を続けたケース
などで、女性側が「貞操権を侵害された」として男性を訴えるパターンが目立つ。
過去の裁判例では、
- 妊娠・出産があった長期の交際で、200万円規模の慰謝料が認められた事案
- 妊娠・出産はないが、数ヶ月の交際で50万円前後の慰謝料が認められた事案
- 短期間の関係で10万円程度にとどまった事案
など、ケースにより金額はかなり幅がある。
今回の55万円という金額は、妊娠や出産を伴わない比較的短めの交際としては、判例の流れから見て特別に高額とは言いにくい水準だといえる。

なぜ婚活アプリの「独身偽装」が貞操権侵害と判断されたのか

今回の判決で重要なのは、単に「既婚者が浮気をした」というレベルではなく、
「独身限定の婚活アプリで、独身だと信じさせて性的関係に至った」という点である。

判断のポイントは「相手の選択の自由を奪ったかどうか」

貞操権侵害が認められるかどうかは、雑に言うと次のようなポイントで判断されることが多い。

  • 交際・性的関係を持つかどうかにとって重要な事実について、相手を誤解させたか
  • その誤解がなければ、相手は交際や性的関係に応じなかったと言えるか
  • 嘘や隠し事の悪質性(積極的な虚偽か、都合の悪い真実の隠蔽か)
  • 交際の期間、妊娠・出産の有無、当事者の年齢などの事情

今回のケースでは、
- アプリ自体が「独身限定」であること
- 男性が既婚である事実を告げず、むしろ独身であるかのように振る舞っていたとされること
- 女性が「婚活アプリだからこそ安心して交際・性的関係に踏み切った」と述べていること
などから、女性の性的自己決定の自由が不当に奪われたと判断されたと考えられる。

「婚活アプリだから、みんな結婚前提」とは限らないが…

一方で、ネット上には「婚活アプリといっても、実態は出会い系みたいなもの」「最初から遊び目的だと分かっているなら、貞操権侵害にはならないのでは」といった声もある。
裁判所が見ているのは、
- 当事者同士がどういう前提で関係を築いていたか
- 客観的に見て、「真剣な交際」や「将来の結婚」を期待させる言動があったか
といった具体的事情である。
婚活アプリであっても、
- プロフィールやメッセージで「遊び相手を探している」と明言していた
- 双方とも割り切った関係だと理解していた
というようなケースでは、「貞操権侵害」とまでは評価されない可能性が高い。
逆に、結婚を匂わせる発言を繰り返し、相手に将来の期待を抱かせていた場合には、責任が重く評価されやすい。

ネットの反応から見える「モヤモヤ」と不安

Yahoo!リアルタイム検索で「交際男性」「貞操権を侵害」などのワードを追うと、さまざまな反応が見えてくる。

「55万円は安い」「もっと重くすべき」の声

もっとも多かったのは、男性側に対して厳しい意見である。

  • 「独身限定で既婚者が紛れ込むの、本当に悪質」
  • 「これで55万円は安すぎる。仕事も家庭も失って当然では」
  • 「こういう男がいるから、真面目に婚活している人が損をする」

既婚であることを隠したうえで婚活アプリを利用する行為は、
「性欲を満たすために相手の人生を軽く扱っている」と受け止められやすく、世論もかなり厳しい。

「女性側にも34万円の賠償命令」に対する驚き

同時に、女性側にも34万円の賠償命令が出たことに驚く声も多い。

  • 「嘘をついた男性が悪いのに、被害者も払わされるのか」
  • 「晒したくなる気持ちは分かるけど、やっぱりSNSで実名暴露はリスクが高すぎる」
  • 「これをきっかけに、配信者を通じた『晒し』文化が少しは抑制されるといい」

「事実を話しているだけでも、相手の名誉を不当に傷つければ名誉毀損になり得る」という、
ネット時代の表現の難しさに対するモヤモヤもにじんでいる。

「婚活アプリはもう信用できない?」という不安

さらに、婚活アプリそのものへの不信感も噴出している。

  • 「独身限定をうたうなら、独身証明書を義務付けるべきでは」
  • 「真面目に婚活している側からすると、既婚者が混ざるのは本当に迷惑」
  • 規約違反の既婚者を見つけても、運営に通報するしかないのが歯がゆい」

実際、国のガイドラインでも「独身限定の婚活サービス」のような条件付きオンラインサービスは、
利用規約と実態の整合性が重要だとされている。
今後、運営側にもより厳格な本人確認や監視体制が求められる可能性は高い。

貞操権侵害の慰謝料はどれくらいが相場なのか

今回の55万円という金額は、「高いのか安いのか」が議論になっている。
過去の裁判例や弁護士の解説を整理すると、おおよその目安は次のようになる。

  • 妊娠・出産があり、長期間の交際や婚約状態があったケース:200万円前後が認められた例もある。
  • 妊娠はあるが出産はなく、中絶に至ったケース:事情によるが、数十万~200万円程度の幅がある。
  • 妊娠・出産がなく、交際期間が数ヶ月~1年程度のケース:10万~50万円前後の事案が多い。

もちろん、これらはあくまで過去の事例の一部に過ぎず、
当事者の事情や行為の悪質性によって金額は大きく振れる。
今回の大阪地裁の事案では、
- 交際期間はある程度続いていたが、妊娠・出産はなかったこと
- 婚姻を強く約束していたというより、「独身だと信じて将来を期待していた」レベルであったと見られること
などから、55万円という水準になったと推測される。
ネットの感覚からすると「安い」と感じる人が多いかもしれないが、
判例の傾向から見れば、極端に低い金額とは言いにくい。

「自分も被害者かも」と感じたときに、まずやるべきこと

ここからは、婚活・マッチングアプリの利用者目線で、
「もしかして相手は既婚者かもしれない」「騙されていたと分かった」という場合にどう動くべきかを考えてみる。

1. 感情的に動く前に「記録」を残す

ショックが大きいと、相手やその配偶者に感情的なメッセージを送ったり、
友人やSNSに一気に打ち明けたくなるかもしれない。
しかし、後から法的な対応を検討するなら、最初にやるべきことは感情の発散ではなく「証拠の確保」である。

  • マッチングアプリ内のメッセージ履歴
  • LINEやその他のチャット履歴、通話記録のスクリーンショット
  • プロフィール画面(独身かどうか、結婚に対する意欲の表示など)
  • 二人で撮った写真や、デート・ホテルの明細など

これらを改変せず、日時が分かる形で保全しておくことが重要だ。
後から削除される可能性もあるので、「怪しい」と感じた時点で手を打っておきたい。

2. アプリ運営への通報と、専門家への相談を検討する

相手が明らかに既婚者だと判明した場合、
まずはアプリの運営会社に対し、「規約違反のユーザー」として通報することが考えられる。

  • 多くの婚活アプリは、利用規約で「独身のみ利用可」と定めている。
  • 既婚者であることが分かる客観的な資料や履歴があれば、合わせて提供する。

ただし、アカウント停止などアプリ内の措置は、あくまでサービス運営側の判断であり、
それ自体が慰謝料の支払いにつながるわけではない。
慰謝料請求など法的な対応を本格的に検討するなら、
早い段階で弁護士や法律相談窓口に相談する方が、結果的に負担を減らせることが多い。
「どこまで請求できる可能性があるか」「そもそも裁判までやるべきか」といった現実的な見通しも含めて、第三者の意見を聞いた方が冷静になれる。

3. SNSでの「晒し」は慎重に

今回の判決が示しているように、
たとえ相手が規約違反や不誠実な行為をしていたとしても、
一方的にSNSや配信者を通じて詳細な実名情報を拡散すれば、こちら側が名誉毀損などの責任を負うリスクがある。

  • 「事実だから大丈夫」という認識は危険である。
  • 実名や勤務先が特定できる形で広く公開すれば、「社会的評価を不当に下げた」と判断され得る。
  • 逆に、匿名の愚痴レベルでも、書き方によっては相手が特定されることがある。

怒りや悔しさを誰かに聞いてもらうこと自体は大切だが、
不特定多数が見る場で「公開処刑」をする行為は、後から自分の首を絞めかねない。
相談するなら、信頼できる友人か、専門家に絞る方が安全である。

加害側にならないために:独身偽装が招くもの

今回のトレンドワードは「交際男性」だが、
「自分は既婚だけど、ちょっと遊びたいだけ」「バレなければ大丈夫だろう」と考えている人にも、この判決は重い意味を持つ。

独身偽装は「バレたら終わり」ではなく「バレなくても違法になり得る」

貞操権侵害のポイントは、「相手の自由な意思決定を奪ったこと」にある。
つまり、
- 配偶者がいるのに「独身」「バツイチ」「子どもはいない」などと嘘をつく
- 「もうすぐ離婚する」などと現実味のない約束を並べる
- 婚活アプリで真剣交際を装いながら、実態は遊び目的である
といった行為は、相手の選択を誤らせる危険が高い。
今回のように訴訟まで発展するかどうかは別として、
相手が本気で傷つき、証拠を揃えて相談に動けば、民事上の責任を問われる可能性は十分にある。

被害は「お金」だけでは終わらない

独身偽装がバレたとき、失うのは慰謝料として支払う金額だけとは限らない。

  • 配偶者からの離婚・慰謝料請求(不貞行為として)
  • 勤務先に噂が広がることによる人間関係・信用の低下
  • 子どもとの関係悪化など、家庭内の信頼喪失
  • SNSでの晒しや炎上(今回のように逆に訴訟で争う事態もあり得る)

「ちょっとした火遊び」のつもりでも、
失うものの大きさを冷静に計算すれば、とても割に合う行為ではないことが分かるはずだ。

婚活アプリはこれからどう変わるのか

今回の判決は、婚活アプリ業界や利用者双方にとって、ひとつの「警鐘」になり得る。

運営側:独身確認やトラブル対応の強化が求められる

これまで、多くの婚活・マッチングアプリでは、
「独身である」と自己申告させるのみで、独身証明書の提出までは義務づけていないサービスも多かった。
今回のような判決が続けば、

  • 独身証明書や戸籍謄本に基づく本人確認の強化
  • 規約違反ユーザーの通報窓口の充実と素早い対応
  • トラブル事例の透明化や、注意喚起コンテンツの拡充

といった対策を取るサービスが増えていくと考えられる。
利用者としても、「どこまで本人確認をしているサービスなのか」を選ぶ基準にした方がよいだろう。

利用者側:アプリ任せにせず、自分でも相手を見極める

一方で、どれだけ運営側が厳格に管理しても、
人間の嘘を100%防ぐことは現実的には難しい。
利用者自身ができる対策も、併せて意識しておく必要がある。

  • 休日や夜間の連絡・行動パターンが不自然に限定されていないか
  • 自宅や家族の話題を極端に避けていないか
  • プロフィールの肩書き・年収・学歴などに一貫性があるか
  • こちらの質問に対して、いつも話をそらす癖がないか

こうした違和感が重なっているのに、
「婚活アプリだし、まさか既婚者ではないだろう」と自分に言い聞かせてしまうと、
後から「騙された」と感じたときのダメージが大きくなる。

まとめ:トレンドの裏側にある「選ぶ権利」を守るために

今回の「交際男性」「貞操権を侵害」というトレンドは、
一見すると「また既婚者が遊び目的で婚活アプリに紛れ込んだ」という、よくあるゴシップのようにも見える。
しかし、その裏側には、

  • 誰と性的関係を持つかを自分で決める権利(貞操権)を、法律がどう守ろうとしているのか
  • 婚活アプリという新しい出会いの場で、従来の価値観やルールがどう揺さぶられているのか
  • 被害を受けた側も、SNSでの表現の仕方によっては法的責任を問われ得るという現実

といった、現代ならではの重いテーマが横たわっている。
婚活アプリを利用する多くの人は、真面目に将来のパートナーを探している。
だからこそ、
- 独身偽装を「バレなきゃいい」程度の軽い嘘だと考えないこと
- 違和感を覚えたら、アプリ任せにせず自分でも相手を見極めること
- 傷ついたときこそ、SNSで晒す前に「記録」と「相談」を優先すること
が、これまで以上に重要になっていく。
トレンドワードの一つひとつの裏には、誰かの人生や生活がある。
「交際男性」という言葉がバズったきょうをきっかけに、
自分の恋愛観や、他人の権利への向き合い方を、少しだけ立ち止まって見直してみる価値はあるはずだ。