中国軍機のレーダー照射と「自衛隊機が妨害」発言 過去のレーダー照射事件から見えるリスクとは

2025年12月上旬、「自衛隊機が妨害」というフレーズがYahoo!リアルタイム検索のトレンド入りを繰り返している。中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射と、それに対する中国海軍のコメントを各社が速報し、SNSでは怒りや不安、冷静な分析が入り混じった議論が続いている。

表面上は「どちらが悪いのか」という構図で語られがちだが、レーダー照射とはそもそも何を意味する行為なのか、なぜ中国側は「自衛隊機が妨害した」と主張しているのか、そして過去のレーダー照射事件と比べて何が変わったのかを整理しておくことが重要である。

自衛隊機が妨害」がトレンド入りした背景

きっかけになったのは、沖縄本島南東の公海上空で発生した中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射事案である。防衛省の公表やテレビ各局の速報のあと、中国海軍報道官が「日本側の戦闘機が訓練海空域に複数回接近して妨害した」「飛行の安全を著しく脅かした」といった趣旨の声明を出したと報じられた。

一部メディアの記事や見出しでは、中国側の主張を紹介する形で「自衛隊機が妨害」という言葉が強く前面に出た。このフレーズがネット上で切り取られ、「まるで日本が悪いかのような印象を与える」「中国の言い分をそのまま流しているだけではないか」といった批判的な反応が拡散している。

同時に、2013年の中国海軍フリゲート艦による海上自衛隊護衛艦への火器管制レーダー照射事件や、2018年の韓国海駆逐艦による自衛隊哨戒機へのレーダー照射問題を思い出し、「また同じ構図ではないか」と指摘する声も目立つ。

2025年12月のレーダー照射事案を時系列で整理

まずは、防衛省や各種報道が伝えている「今回起きたこと」を事実ベースで整理しておきたい。

防衛省が公表した資料によると、レーダー照射は2025年12月6日に2回発生している。場所はいずれも沖縄本島南東の公海上空で、中国海軍の空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、対領空侵犯措置にあたっていた航空自衛隊F-15戦闘機に対して断続的にレーダー照射を行ったとされる。

具体的な時間帯は次の通りである。

  • 1回目:2025年12月6日16時32分頃~16時35分頃、沖縄本島南東の公海上空で、J-15戦闘機がF-15戦闘機に断続的にレーダー照射
  • 2回目:同日18時37分頃~19時08分頃、同じ海域の公海上空で、別のF-15戦闘機に対してJ-15戦闘機が断続的にレーダー照射

防衛省は、このレーダー照射を「航空機の安全な飛行に必要な範囲を超える危険な行為」であり「極めて遺憾」と評価し、中国側に対して強く抗議するとともに再発防止を厳重に申し入れたとしている。また、自衛隊機および隊員に被害は確認されていない。

これとは別に、外務省は駐日中国大使を呼び出し、同様に「危険な行為」であるとして抗議、再発防止を求めたと発表している。

国内政治レベルでも、高市早苗首相や小泉進次郎防衛大臣が記者団の取材や会見に応じ、「極めて残念」「冷静かつ毅然と対応する」とのコメントを出した。

中国海軍の「自衛隊機が妨害」主張の中身

一方の中国側は、日本政府の抗議に対し真っ向から反論している。

中国海軍報道官の声明は、おおむね次のような趣旨だと報じられている。

  • 空母「遼寧」の編隊が宮古海峡の東側などで通常の飛行訓練を行っていた
  • 訓練に先立ち、海域・空域については事前に公表していた
  • その訓練空域に自衛隊機が複数回接近し、妨害行為を行った
  • その結果、「正常な訓練に影響を与え」「飛行の安全を重大/著しく脅かした」と主張
  • 日本側が騒ぎ立てている内容は事実と全く合致せず、誹謗中傷を直ちにやめ、現場部隊の行動を厳しく抑制するよう求める

テレビ朝日系の報道や沖縄の地元紙なども、共同通信の電文をもとに、中国海軍が「自衛隊機が海軍の訓練海空域に複数回接近して妨害し、安全を脅かした」と主張していると伝えている。

ただし、中国側の声明は「日本側が主張するレーダー照射」そのものについては、あえてかどうかは不明だが、触れていないと報じられている。つまり、「日本が勝手に騒ぎ立てているが、自衛隊機の接近こそが問題だ」というフレーミングで情報発信をしている形になる。

レーダー照射とは何か なぜ危険視されるのか

今回のニュースで繰り返し出てくる「レーダー照射」とは何かを簡単に整理しておきたい。

軍事用レーダーには、周辺の目標を広く探知する「捜索用レーダー」と、特定の目標を精密に追尾して武器の照準を合わせる「火器管制レーダー」といった種類がある。日本政府の過去の防衛白書などでは、火器管制レーダーの照射は「火器の使用に先立って実施する行為」であり、「不測の事態を招きかねない危険な行為」と説明されている。

日常的にイメージすると、「近くに人がいるかどうか周囲を懐中電灯で照らして確認する」のが捜索用レーダーだとすれば、「特定の人の頭にレーザーポインターを当て続ける」のが火器管制レーダーに近い。照射された側から見れば、「いつでも引き金を引ける状態で狙われている」と受け取らざるを得ない。

今回の事案で防衛省は、運用されたレーダーが火器管制用かどうかの詳細までは明らかにしていないが、「航空機の安全な飛行に必要な範囲を超える危険な行為」との評価は、過去の火器管制レーダー照射事案と同じトーンである。

また、自衛隊の元幹部などの解説では、レーダー照射は世界的にも「模擬攻撃」とみなされることが多く、照射された側は回避行動を取らざるを得ないため、パイロットの精神的負担が大きく、誤認や衝突事故のリスクも高まると指摘されている。

2013年中国海軍・2018年韓国海軍のレーダー照射事件との比較

今回のニュースが出るとすぐに、過去のレーダー照射事件を思い出した人も多いのではないだろうか。代表的なのが2013年の中国海軍フリゲート艦による海上自衛隊護衛艦への照射事件と、2018年の韓国海駆逐艦による自衛隊P-1哨戒機への照射問題である。

2013年:中国海軍フリゲート艦による照射事件

2013年1月30日、東シナ海の公海上で警戒監視中だった海上自衛隊護衛艦「ゆうだち」が、中国人民解放軍海軍のジャンウェイII級フリゲート艦から火器管制レーダーの照射を受けたと日本政府が公表した。日本側は外交ルートを通じて厳重に抗議し、「危険な行為」として国際的な関心を呼んだ。

その後、中国側は当初、事実関係を否定したと報じられており、今回と同様に「日本側の主張は事実と異なる」といった構図になっている。

2018年:韓国海駆逐艦による照射問題

2018年12月20日には、日本海上で海上自衛隊P-1哨戒機が韓国海駆逐艦から火器管制レーダーを数分間照射されたと日本側が発表し、日韓間で激しい応酬になった。日本は哨戒機が撮影した動画を公開し、韓国側はこれに対抗する動画を出すなど、世論を巻き込んだ「映像合戦」に発展したことを覚えている人も多いだろう。

この問題は長く尾を引いたが、2024年6月にはシンガポールでの日韓防衛相会談にあわせて、再発防止に向けた文書が発表されている。両国は、同様の事案を避けるため、現場レベルの意思疎通やルールづくりを進めることで一致したと報じられた。

今回の事案との違い

過去2件と今回の事案を比べると、いくつかの違いが見えてくる。

  • 2013年・2018年は「艦艇から艦艇/航空機」への照射だったのに対し、今回は「航空機から航空機」への照射である(空対空のレーダー照射を日本政府が公表するのは初めてとされる)。
  • 2013年・2018年は比較的局地的な事案だったが、今回は台湾情勢や東シナ海南シナ海での軍事活動活発化という大きな地政学的緊張の文脈の中で起きている。
  • 韓国との問題では最終的に「再発防止文書」で落としどころを探ったのに対し、中国との間では同様の枠組みが十分に整っていない。

共通しているのは、相手側がレーダー照射やその意図を認めず、「日本側が危険な接近をした」「事実を歪めている」といった反論を行っている点である。今回の「自衛隊機が妨害」という主張も、この延長線上にあるとみることができる。

SNSでは何が語られているか 「TBSの報道姿勢」への賛否

Yahoo!リアルタイム検索で「自衛隊機が妨害」を追うと、主に次のようなタイプの投稿が目立つ。

  • 産経ニュースや共同通信などのリンクを引用しながら、「中国側が被害者ぶって責任転嫁している」「そもそもレーダー照射したのかどうかに答えていない」と批判する意見
  • 「レーダー照射は国際法上、戦争行為に準ずるほど重い」「銃口を向けるのと同じだ」と、その危険性を強調する声
  • 海上で周辺国の艦隊を監視するのは各国とも当たり前であり、自衛隊機のスクランブル自体は妨害ではないとする指摘
  • 一方で、「高市政権になってから日本側の挑発が強まっているのではないか」「戦争に巻き込まれるのでは」といった不安や懸念を示す投稿
  • 防衛省航空自衛隊に対し、「客観的な映像やデータを公開して国際世論に訴えるべきだ」と求める声

また、TBS NEWS DIGなどが「中国軍『自衛隊機は何度も訓練海域・空域に接近し妨害』」といった見出しや小見出しで中国側の主張を紹介したことに対し、「まるで日本が悪いかのようだ」「中国のスポークスマンみたいだ」といった批判も少なくない。

一方で、「報道は両方の言い分を伝えるのが仕事だ」「日本側の発表ばかりでなく、中国側の主張も知る必要がある」という冷静な意見も見られ、メディアの役割や見出しの付け方をめぐる議論にも発展している。

事実・主張・まだ分からないことを整理する

ネット上で議論が熱くなりやすいテーマだからこそ、「何が事実として確認されているのか」「どこからが各国の主張・解釈なのか」「まだ分かっていないことは何か」を整理しておくことが大切である。

事実として確認されていること

  • 2025年12月6日、沖縄本島南東の公海上空で、中国海軍空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、航空自衛隊F-15戦闘機に対して2回、断続的なレーダー照射を行ったと日本政府が公表していること
  • 日本政府はこれを「航空機の安全な飛行に必要な範囲を超える危険な行為」と評価し、防衛省・外務省を通じて中国側に強く抗議し、再発防止を申し入れたこと
  • 自衛隊機および隊員に物理的な被害は報告されていないこと
  • 中国海軍報道官が「自衛隊機が訓練海空域に複数回接近して妨害し、訓練に影響を与え、飛行の安全を脅かした」といった趣旨の声明を出したと複数メディアが報じていること



各国の主張・解釈に属する部分

  • 日本側の「危険な行為」「極めて遺憾」という評価は、国際法の明文で定義されているわけではなく、日本政府としての政治的・軍事的判断に基づくもの
  • 中国側の「訓練を妨害し、安全を脅かした」「日本側の主張は事実と合致しない」とする発言も、あくまで中国政府としての立場表明であり、第三者による検証が行われたわけではない
  • 一部論説で語られている「現場のパイロットが上層部の意向を忖度して暴走しているのではないか」といった分析は、状況証拠に基づく推測であり、確定した事実ではない



まだ分からない、あるいは公表されていないこと

  • 実際にどの種類のレーダーが、どのようなパラメータで照射されたのかという技術的詳細
  • 自衛隊機と中国軍機の具体的な飛行経路・高度・距離といったデータ
  • 中国側が内部的にどこまでレーダー照射を把握し、どのレベルの指示で行われたのか
  • 今後、日本が映像や音声記録などをどこまで公開するのか、中国側がどのような追加説明を行うのか

これらは、今後の政府発表や追加報道を待つしかない部分であり、現時点で断定的な結論を出そうとすると、どうしても憶測に寄りがちになる。

今後の日中関係と安全保障環境への影響

今回のレーダー照射事案は、一度きりの偶発的なトラブルで終わるのか、それとも日中間の軍事的緊張を一段と高める分岐点になるのか。ここでは、報道や専門家の分析を踏まえて、考えられる論点をいくつか整理しておきたい。

まず、地理的には宮古海峡沖縄本島南東の公海上は、台湾や南シナ海方面への中国艦隊の「通り道」であり、日本にとっても米軍にとっても極めて重要なシーレーン・空路に当たる。日本の防衛白書でも、この海域での中国軍の活動拡大が繰り返し指摘されてきた。

今回のような行為が繰り返されれば、

  • 現場のパイロット同士の緊張が常態化し、ちょっとした誤解から衝突事故や撃墜などの「不測の事態」につながるリスクが高まる
  • 日本側は防衛力の増強や同盟国との連携強化を一層進めざるを得なくなり、中国側はそれに対抗してさらなる軍備増強を行うという「安全保障ジレンマ」が加速する
  • 台湾有事をめぐるシナリオにおいて、日本周辺空域での対峙パターンがより危険なものになり、民間航空機や海上交通にも間接的な影響が出る可能性がある

といった懸念が専門家から挙がっている。

同時に、日本政府としては「冷静かつ毅然と対応する」と繰り返し表明しており、豪州など価値観を共有する国々とも情報共有や連携確認を進めている。過度に感情的な対立をあおるのではなく、国際社会に対して事実を説明し、透明性を高めることが求められていると言える。

情報に振り回されないために押さえておきたいポイント

最後に、今回のような軍事・外交案件のニュースに接するとき、どのような点に注意すればよいかを整理しておきたい。

  • 「誰の言葉か」を意識して読む自衛隊機が妨害」「安全を脅かした」といったフレーズが出てきたとき、それが日本側の評価なのか、中国側の主張なのか、あるいは記者やコメンテーターの解説なのかを意識的に区別する。見出しだけでは分からない場合もあるため、本文を読む習慣が大切である。
  • 複数のメディアを見比べる 同じ事実でも、海外メディア、日本の全国紙、地方紙、テレビ局、ネットメディアで切り取り方が異なる。賛否が分かれるテーマほど、1つのメディアだけに頼らず、立場の違う複数の情報源を見比べた方が全体像をつかみやすい。
  • 過去の事例と比較する 2013年の中国海軍レーダー照射事件や2018年の日韓レーダー照射問題など、似たような事案の経緯を知っておくと、今回の出来事がどの程度特異なのか、あるいは同じパターンが繰り返されているのかを判断しやすくなる。
  • 感情をあおる投稿には一呼吸おく SNSには、怒りや不安を強く刺激する言葉が並びやすい。「今すぐ制裁を」「撃墜すべきだ」といった極端な主張に出会ったときは、具体的な事実や根拠が示されているかを確認し、感情だけで共有・拡散しないよう意識したい。
  • 「分からないことは分からない」と受け止める 軍事に関する情報は、安全保障上の理由から公開されない部分が多い。すべてを知ろうとするのではなく、公開されている範囲で冷静に状況を見つめ、「今の時点では判断できない」と留保する姿勢も必要である。


中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射と、「自衛隊機が妨害」という中国側の主張は、単なる言葉の応酬ではなく、日本の安全保障環境や東アジア全体の安定に直結するテーマである。過去のレーダー照射事件や国際的なルールの議論も踏まえつつ、事実と主張を丁寧に切り分け、感情だけに流されない視点でニュースを追っていきたいところである。